今回の自分の「目的」というのはどうも、「ライセンス違反を解消してもらうこと」ではなく「尊敬されなかった事への不快感の表明・発露」だったのでしょうね。
「オープンソース」という言葉が生まれたのはGNUの思想と無関係にGPLなどのライセンスの恩恵を受けるためだった、という歴史がありますが、そういう意味では僕自身も、「自分の名前をどこかに残すため」「自分の痕跡を残すため」「称賛を得るため」「遺伝子を残せないなら、代わりにコードと名前を残す」という風な大目的のためにオープンソースにフリーライドしているという部分が大きいのだと思います。だからこそ、「フリーソフトウェアの思想のため」でもなければ「コードが適切に再利用されるため」でもなく、あくまで「リスペクトされなかった、自分が蔑ろにされた、成果から得られたはずの称賛を横取りされた(と、事実はともかく自分は感じて)、それによって傷付いた自分がここにいるのだということを世界に対し表明し、同情を買い、自分の心を慰めるため」という目的を意識した行動を真っ先に取ったのでしょう。
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