Quote
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Notes
"学者が同業者の誤訳について指摘するというのは、理論上の論争とは質が違う。
「おまえの料理はまずい」というコメントと、「お前の料理は腐った材料が使ってある」というコメントくらいに違いがある。
だから、誤訳をめぐる同業者の論争というのはあまり起こらない。
誤訳をめぐるバトルは公開されると「死闘」になるからである。
ふつうは、そういうことにならないように、業界内部的に「あれはひどいねえ」「ほんとですね」というような話が行き交うくらいである。
そのうちひっそりと絶版になり、事なきを得るのである。
そもそも誤訳というのはたいていの場合「何を言っているのかわからない」というかたちで現象する。
ふつうの読者は「何を言っているのかわからない」箇所は飛ばすので、誤訳の本を読んで「そうか、そうだったのか!」とはなはだしい勘違いする読者というのはまずいない。
だから、誤訳のもたらす実害というのは思われるより少ないのである。
翻訳の高い質を求めるのは合理的な要求である。
けれども、ところどころまだらに「よく意味のわからないところが残る」というのは翻訳の宿命である(私のレヴィナス翻訳の場合は「ところどころ」どころか30%くらいは意味不明である。訳者が意味を理解できない箇所を「意味のとおる日本語」にすることはできない)。
日本人が日本語で書いたものだって、ところどころ意味がわからないわけであるから、それくらいは許容範囲であろうと私は思っている。"